飲み屋
坂口安吾がとある地方に投宿し原稿を書いた折、近くにとんかつ屋しかなく、毎日三食とんかつを食べて過ごした、などという話がある。毎日とんかつとは大変だなあ、などと思ったものだが、ここ土佐の家はもうすこし病気が進んで、近所には雑貨屋しかない。
「今日は暑いからご飯を作るの面倒だし、暑気払いに土佐の美味いものでも食べに行こうか?」などと思っても、テクテクと四十度近い気温の中を十五分程歩いて、これまた医者とプラモデル屋しかない駅まで行き、そこから小一時間かけて高知市内の繁華街を目指すのは「ご飯を作るの面倒」の面倒さを圧倒的に凌駕する面倒さである。
そんな圧倒的な面倒を負った甲斐のあるお店、高知市内の筒という居酒屋に行ってきた。なんでも予約が取れないで名を馳せるているらしいが、三日前に予約の電話をしてみたらなんの事もなく予約が取れた。
お店はこじんまりと、L字カウンターと小上がりがいくつか。小上がりがいかにも居酒屋らしくて嬉しい。お客は地元のブン屋さんが二人と僕らだけ。ブン屋さんの近頃の広告の話を肴に料理を待ちつつ「存外空いてるね、評判は話半分なのかもね。」などと思っていると、次々とお客がやってきて、あれよあれよという間に満席になり、お客を断り始め、それらを大将が一人でキビキビと差配をしている様はまさに八面六臂。その姿を眺めるだけでもお酒が美味いというものであった。
その後は繁華街の屋台、松ちゃんで餃子を食べて〆た。
美味いものを食べ、酒を沢山あおり、帰りは電車でまどろんで帰れば近所の駅までは行き着ける。酔っていても電車ぐらいは乗れるだろうと、高知駅で切符を買い電車に乗り込みうつらうつらと船を漕いでい、ふと目がさめると全く知らない駅にいた。反対方向の電車に乗っていのだった。